日々進化する経済用語集 経済ナレッジバンク

最新の経済情報を伝える日経は、日々新しい経済用語が登場する場所でもあります。

「経済ナレッジバンク」は、おさえておきたい経済の基礎用語から最新用語まで、約600語を収録。

やさしくわかりやすく解説しています。

経済をイチから学びたい時、日経を読んでいて知らない用語にぶつかった時など、幅広くご活用いただけます。

索引

経済用語を索引から検索できます。

  • 0
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • はてなブックマーク
  • Facebook
  • mixiチェック
  • Twitter
  • LinkedIn

天皇の葬儀と陵

2013年12月1日(日) 掲載

 天皇の葬儀と陵は時代によって大きく変わってきた。古代は殯(もがり)が中心儀式だった。天皇の遺体を殯宮(ひんきゅう)に長期間安置して、殯庭で皇位継承者が弔辞にあたる誄(しのびごと)を述べた。6世紀の敏達天皇の殯は5年以上も続いた。陵は同天皇まで前方後円の巨大古墳だった。8世紀初頭の文武天皇陵からは自然の地形を生かした陵になり、古墳時代は事実上終結した。
 天皇の葬儀の画期は天武天皇で、このときから仏教儀礼が入り始めた。平安時代に入ると仏教の影響はますます大きくなり、多くの天皇が亡くなる前に出家するのが慣例となった。南北朝時代(14世紀)の北朝・後光厳天皇以降、泉涌寺(京都市東山区)で葬儀と火葬が行われるようになった。江戸時代(17世紀)の後光明天皇から土葬になったため、皇室の葬儀・陵造営は泉涌寺の専業となる。同寺の天皇陵は九重の石塔。
 幕末には尊皇思想の高まりにより天皇の葬儀は激変。孝明天皇葬儀から仏教が排除され、神道式一色となり、山陵が復活した。明治天皇葬儀は西洋の王室も参考にして、葬列2万人もの大規模なものになった。大正末期に皇室葬儀令など法令で葬儀次第が定められ、昭和天皇の大喪でも踏襲された。